2015年4月17日 (金)

書評掲載!(「解放社会学学研究」第28号,2015)

このたび,「解放社会学研究」(日本解放社会学会の学会誌)第28号にて,佐藤貴宣氏より,拙著『手話の社会学──教育現場への手話導入における当事者性をめぐって』(生活書院)の書評をいただきました。

佐藤貴宣さんの読み込みの深さには,ただただ脱帽するばかりです。
自分自身が,(自分が書いたものであるにもかかわらず)「なるほど,筆者はそのようなことが言いたかったのか!」と説得させられました。(笑)
ボリュームもありますし,書評へのリプライも載せていただきましたので,ここでその佐藤さんの論述について詳述することは避けますが,とにかくこれほど読み込んでいただいたことに,ただただ感謝です。
ぜひ,多くの形に読んでいただければと思っています。

2015年1月 9日 (金)

書評(ブックガイド)掲載!(「障害学研究」第10号,2014,pp251-253)

紹介が遅くなりましたが,昨年7月発行の「障害学研究」第10号(障害学会の学会誌)で,拙著『手話の社会学──教育現場への手話導入における当事者性をめぐって』(生活書院)を「ブックガイド」に取り上げて頂きました。

評者の高山亨太さんには,丁寧なコメントをいただき,心より感謝です!

いくつか,オッ!と思った(嬉しくなった)ところを紹介させていただきます。

・「聞こえる」立場である著者が,本書に愛情を注ぎ,社会に送り出すまでの,まるで親のような慈しみや苦悩を知らずにして,読破することは難しいかもしれない。

(…確かに!そしてその苦悩の軌跡の一部は,拙著の後書きをお読み頂ければと思っております。)

・まず,本書を読み進めるにあたって,近年の研究がデータに基づいた科学的根拠(エビデンス)を重視する実証主義の流れが主流の中で,なぜ著者がポストモダン主義である「構築主義」を援用したのか,また,「構築主義」とは何たるものかを理解しておく必要がある。

・まるで,ドキュメンタリー映画を見ているような感覚になり…(中略)多くの人に是非とも手にとって,フルコースで読んでほしい。

・ここ数年,情報保障支援の気運が高まっている高等教育におけるろう・難聴学生の支援の問題についても書かれており,多くの高等教育関係者にとって,良い意味での道標が記されている。

・著者は,本書とは別に,『聾教育の脱構築』という刺激的な書籍を2001年に世の中に送り出している。そこから干支を一周し,同じへび年の2013年に,本書『手話の社会学』が刊行され,今回も痛快な書籍を世の中に送り出してくれた。

・最後にないものねだりのお願いではあるが,結論に「聾者が望む聾教育の実現のためには,聾者にとって『この人なら信頼に足る』という人を見つける(p.335)」こととあるが,著者には,是非とも次のへび年まで待たずとも,信頼に足る人が増え,聾者が望む聾教育に一歩近づくための方法論に切り込むことを期待したい。

・今回も,「やっぱり金澤だ!」と声高に叫びたくなるような本書であり,多くの読者の期待を裏切らないだろう。

高山さん,過分なご紹介をいただき,ありがとうございました。m(_ _)m

2013年12月28日 (土)

単著『手話の社会学』刊行! …2013年の大きなできごと その2

Img_1673 今年の大きなできごと,その2。

初の単著を,生活書院から上梓することができました。

『手話の社会学−教育現場への手話導入における当事者性を巡って−』です。

 

この本は,まさに学位授与されたばかりの博士論文を書籍化したものになります。

博士論文との大きな違いは,博士論文では序論に位置していた,方法論上の議論を「補章」として最後に持ってきたこと。

確かに,私がこの研究を進める上でネックになったのは,「教育実践研究はいかにして『科学』たり得るのか」という問題。

実践者は「現場感覚」に基づいて実践をしておられます。もちろんその中には,学術的な成果を参照しようとされる方もおられるでしょうけれども,そうでない場合もある。むしろ行動の規範の軸になるのは,「現場感覚」という主観的な感覚。

それをいかにして分析対象とするか,ということこそが,私が修士論文の時から挑戦してきた課題だったわけです。

その解は,「特殊教育学」という既存の学問分野には見いだせませんでしたから,やや大げさに言えば,特殊教育学への挑戦でもありました(実際に「挑戦」たり得ていたのかどうかはともかく,少なくとも自分の意識としては)。

とはいえ,私にオリジナルなものを生み出すだけの能力があるわけではありません。

社会学に解を求めました。

そして,社会問題論の構築主義アプローチにたどり着きました。

人が主観的に語るところの中身が真実かどうか。そんなことは調べようもない。しかし重要なことは,それが真実かどうかに関わらず,(社会)問題は人が語るところのものの連鎖によって構築される,ということ。

だとすれば,ある語りの真偽判断には意味がなく,その語りがどのような資源を動員して説得力を持たせ,そしてどのように積み上げられ,あるいは反論されて行くのかこそが分析の判断材料になる。

現場で応酬されながら空中戦で終わっているように見える,「手話・口話論争」を分析するには,この方法しかない!と思いました。

…そのようなわけで,博士論文執筆においては,この方法論上の検討は非常に重要な意味を持っていました。

しかしながら,出版社の勧めもあり,その小難しい議論が読者の躓きになってしまい,その先の本論にたどり着けないようでは,本末転倒なので,思い切って後ろに持っていきました。その上で,それで整合性がとれるよう,文章を整えました。

後は,僅か半年の時間差ではありますが,その間に障害者差別解消法が成立するなど,若干の世の中の変化もありましたから,加筆も必要になりました。

そして,「はじめに」を執筆しました(「後書き」は,博士論文の「謝辞」をほぼそのまま微修正)。

でも,基本的には,博士論文そのままです。

 

そしてタイトルは,あえて『手話の社会学』をメインタイトルとしました。

博士論文のタイトルが,「聾教育における手話の導入過程に関する一研究」ですから,ずいぶん違いますね…(笑)

ただ,さすがにこのままだとタイトルが大きすぎですから,副題として「教育現場への手話導入における当事者性を巡って」をつけ,テーマの核心が見えるようにしました。

本の「はじめに」でも書きましたが,本書は「手話の社会学」という名前から素直にイメージできそうな,「社会の中での手話のありよう」に焦点をあてたものではなく,「聾者の教育現場における手話の導入の是非を巡る意思決定のあり方」を明らかにすることに向けられています。

では,「看板に偽りあり」かというと,そんなことはないと思っています。これは,本書の執筆を終えてみて,確信していることです。

なぜか。聾者にとって,教育の場における手話の是非こそが,「聾者が聾者であること」の生命線だからです。

そしてそのことの本質的な意味に,他の誰よりも聾の方々ご自身に気づいていただきたいと思っていますし,さらには聾者に関わる聴者にも気づいていただきたいと思っています。

なぜならば,残念ながら,聾者が働きかけるだけでは聾者の主張は通らないという現実があり,聾者と関わる聴者がどのように動くかが重要な意味を持つからです。

そしてまさにこのことこそが,本書の結論の核心部分となったと言えます。

私の研究の問題関心は,「手話を導入すると効果があるのかどうか?」といった指導法そのものの是非ではありません。「日本手話派」の急先鋒であるかのように(ネット上で?)言われた時期もありましたが,私自身は口話法そのものの使用を否定したことは一度もありません。

私の関心は,「『手話を導入してほしい』と語る聾者の主張が,なぜ,どのようにして,聾教育の関係者の中で受け流されてきたのか?」ということです。

「現象には必ず理由がある」はず。この現象にも,何らかのメカニズムがあるのではないかと考え,その解明を目指してきました。

それとともかくまとめ上げたもの,それがこの「手話の社会学」ということになるかと思います。

 

さて,この「手話の社会学」ですが,企画は2003年頃からありました。生活書院が立ち上がった頃,社長さんに話を持ちかけまして,同意をいただいていました。

しかし,私の博士論文の完成がその後ズルズルと延びてしまい,自動的に,本の出版もズルズルと延びてしまいました。

生活書院の社長さんからは,毎年の年賀状で,「手話の社会学,今年こそ!」と発破をかけていただきました。

そして,毎年,お待たせしてしまいました。

 

ようやく,このようにして世に出すことができました。

ただ,これが渾身の自信作!とまで言い切る自信はありません。

むしろ博士論文の執筆は,自分の能力のなさを思い知らされた時間でもありましたから。

これも「はじめに」に書きましたが,それでもあえて本書で「手話の社会学」と銘打って世に出そうと思ったのは,「こんな研究でも世に著してよいのだ」と開き直ることで,次世代の若手研究者が,「このくらいなら」とばかりに本書を踏み台にしてより優れた研究を量産してくれることを期待する意味もあります。

 

 その意味では,「手話の社会学」は,これから始まったところですし,みんなで作り上げていけたらいいなという思いです。

2011年4月27日 (水)

『人生がときめく 片づけの魔法 』(サンマーク出版)

私,整理術とか,片付け術,みたいな本が大好きで,ついついいろいろ買ってしまいます。
仕事が○倍速くできる方法,とかも。

とはいえ,いろんな本を読んでいても,だいたいありきたりのことしか書いていなくて,結局,「それができりゃ苦労しないよ」と思ってしまうような本ばかり。

その中にあって,久しぶりに,良書に出会いました。
近藤麻理恵(著)『人生がときめく 片づけの魔法 』(サンマーク出版)
著者の顔写真も,とてもほんわかした,かわいらしい感じですし,乙女チックな印象の本ですが,なかなかどうして,見事でした。
確かに,乙女チックな感じはそうなのですが,その中で,「なぜ,片付けがうまくいかないか」「なぜ,片付けても,リバウンドしてしまうのか」といった問いが投げかけられ,その問いに見事に本質的な洞察をし,そして今までに誰も考えなかった視点で回答を提示してくれています。
実に,頭の良い方だなと脱帽しました。
そしてこんまり(近藤麻理恵)さんのレッスンを受けた人は,なんとリバウンド率0%とのこと!
でもそれも,この本を読むと,さもありなん。納得,です。

これまで数ある整理法の本をいろいろと読んできましたが,その中で,私が心から感銘を受け,そして未だに実践している本は,一冊しかありません。
かの,野口 悠紀雄 (著)『「超」整理法―情報検索と発想の新システム』(中公新書)ですね。
これこそは,今までの整理法に革命を起こした本といえるでしょう。
従来の整理法の問題点を見事に洞察し,そしてアッと驚く回答を提示してくれました。

こんまりさんの方法もまた,「超」整理法に並ぶ画期的な方法として,私の脳裏に焼き付けられました。

お勧めです!

2010年8月10日 (火)

『一歩進んだ聴覚障害学生支援 ──組織で支える』刊行!

最近めっきり,ブログの更新を怠っています…簡単なつぶやきは,Twitterで済んでしまうせいもあるかもしれません。
さて,2年ぶりに,「研究業績」を更新しました。

特筆すべきは,『一歩進んだ聴覚障害学生支援 ──組織で支える』(生活書院、全219頁)を刊行したこと。
大杉豊先生と2人で編集をしたという形になっていますが,実際は,筑波技術大学内のPEPNet-Japanの優秀な事務局員の方々の手によってまとめられたようなもの。
そしてこの本は,PEPNet-Japanの「第3事業」として,5年の歳月を費やして作成されたものです。

私自身は,以下の3つの執筆をしています。
第1章「大学の集団意思決定 システムとつきあう」(単著、14〜37頁)
第 3 章第 1 節「初動時の予算」(共同執筆、82〜87頁)
第3章第2節「予算確保に向けて」(共同執筆、88〜95頁)

聴覚障害学生支援の方法について書いた本はこれまでにもありましたが,支援体制の構築にスポットをあててまとめた本ははじめてなのではないでしょうか。

すでにお読みいただいた方々からも,「いきなり『会議の進め方』から始まっているのが,意表をついて,面白い!」との感想を寄せていただきました。

みなさま,ぜひぜひ,手にとって下さいませ。

2010年3月 4日 (木)

アラスカ物語

新田次郎『アラスカ物語』(新潮文庫)を読みました。
新田次郎といえば,『八甲田山死の彷徨』や『劒岳 点の記』で有名ですが,このアラスカ物語もなかなか読み応えがありました。
「日本から来たエスキモー」として,「エスキモー」の危機を救った日系一世フランク安田の半生を描いた作品です。200人以上の「エスキモー」を引き連れての新天地移住を成功させたことで,ジャパニーズモーゼと言われているそうな。
八甲田山などと同様,実在した人物をもとに小説化したもので,それゆえの迫力もあります。
「日本人」,「白人」,「エスキモー」,「インディアン」(表現は小説のまま)といった多文化共生という観点からも,非常に興味深いものでした。
なぜ,日本人であるフランク安田が,「エスキモー」に受け入れられたのか。
肌の色という身体特徴と生肉を食べるかどうかという文化的差異。
聴力という身体特徴と手話を使うかどうかという文化的差異という,聴者と聾者の問題にも通じるところがあるかなと思って読みました。

異文化,他文化の問題に関わっている人たちに,ぜひお勧めです!

2010年1月27日 (水)

フッサールを読んで

ずっと前に買っていながら,なかなか手をつけずにいた本を読んでみました。
正確には,一冊全部を読んでみたのではなく,その中の一部ですが。
『世界の名著第62巻 ブレンターノ フッサール』(責任編集細谷恒夫,中央公論社,1980年初版発行)
その中の,フッサール「厳密な学としての哲学」です。

私が方法論的に依拠してきたエスノメソドロジーや構築主義は,現象学的社会学の一派でして,フッサールと言えば現象学の創始者ですから,当然,教科書的には知っていましたし,概説書みたいなものは何冊か読んでいます。
でも,恥ずかしながら,著作そのものを読んだのは初めてなのです。

群馬大学に講師として着任してから今年で10年。
振り返ってみると,いわゆる「古典」的な本を読んでいないことを実感しました。
読む論文は,ついつい,「今,必要なこと」が優先してしまい,骨のある本は後回しになって,買ったまま手をつけていない本が何冊あることか…(汗)
明日の授業で使える資料や論文。
今執筆している論文で参考になりそうな(引用できそうな)論文。
そうしたものだけでも読みきれないわけで,そこが「優先順位にそって仕事をする」という一見合理的な発想の落とし穴かもしれません。
大事なことは,「今,役に立つかどうかもわからないもの」に眠っていたりもするわけで。

読んでみて,「ああ,もっと早く読んでおけばよかった!」という後悔と,「やっぱり,原典を読むのは大事だな」という再確認の思いを持ちました。
そして,エスノメソドロジーが何を目指していたのかが,改めて今少しわかった気がしました。
学部の4年生から大学院の修士課程の頃,とにかく夢中で,必死になって,ガーフィンケルやサックスの著作を読んでいました。
エスノメソドロジーなる,なんだか得体のしれない,しかしこれこそが自分が求めている障害児者の実践や目の前で引き起こされる差別問題を分析できる道具となるかもしれない学問に惹きつけられ,わからないながらも必死でかじりつきました。特にガーフィンケルの文章は,文章そのものは平易に書いているようでいて,中身はやっぱり難解で,表面的には理解できるような気がするけれども,その奥底にある言いたいことはつかめない感じ。
著作そのものだけではなく,周辺の解説書に助けられながら,その業界に入っていった気がします。
そして,現象学的社会学との出会いは,学部の3年生まで,実験心理学系の研究室に出入りしていた私にとって,自分の内なる実証主義との葛藤でもありました。

その頃,フッサールのこの本を読んでいれば,もっとよくエスノメソドロジーが理解できたかもしれません。
…いや,やっぱり,それはないでしょうね。(苦笑)
おそらくやっぱり,「わけの分からないもの」がもう1つ加わっただけのことでしょう。
エスノメソドロジーや構築主義関連の論文を読み,シュッツやフッサールの概説書を読み,中途半端ながらも,現象学的社会学的な研究をしてきた今の自分が読んだからこそ,フッサールの主張が頭の中に入ってきたのでしょう。
「実験心理学の本来の心理学に対する関係は,社会統計学の本来の社会学に対する関係に似ている」(P123)
といったあたりは,現代に引きつけて考えても,よくわかる話です。
そして実験心理学に内在する「欠陥」についての指摘では,そのことを理解している「若干の心理学者たち」を例にとって述べている部分も,「そうそう!」と思いながら読みました。
「これらの人々は,実験に偏する狂信者によってはじゅうぶんなものと認められず,あるいは認められるにしても,それは彼らが実験的な研究をする場合にのみ限られていた。そして彼らは再三再四スコラ学者として攻撃されているのである。内在的なものを真摯に,そして内在的分析という唯一の可能なしかたで,もっと明確にいえば本質分析という唯一の可能なしかたで研究する最初の新しい試みが,スコラ学者として非難され,無視されているのを見て,後世の人々は非常に不思議に思うに違いない。」(P124)
このあたりは,ただひたすら子どもを「丁寧に観察すること」をもってしか,心理学的事実に辿り着けないという考えで教鞭をとられていた,群馬大学名誉教授の中野尚彦先生を思い浮かべました。
また,私自身の評価も,特殊教育の業界では,「実証的」なスタイルにあわせて書いたもののみが「金澤さんもこういう文章が書けるんじゃないの!」と評価されてきたことを思い出しました。そうではないスタイルのものは,障害学や社会学の関係者から「面白い」と評価をいただくことはあっても,特殊教育の分野では「こんなのはエッセイじゃないの?」と一蹴されてきたものです。
それを思い返すと,今の若手研究者は,良い時代になったなあと思ったりします。特に,社会学的な視点から「障害」を扱う「障害学」が一定の社会的認知を得,「障害学会」が立ち上がり,軌道に乗ってきたことは,大きな変化だと思います。

フッサールを読んで,「自分が何をすべきか?」を改めて問い直す時間をもらった気がしました。
そして,やはり,歯ごたえのある「古典」を読むことは,大事だなと再認識しました。

私が,自分の読書力を超えるような,難解な本に噛み付いていたのは,2つの時期です。
1つは,先述した,4年生から大学院修士課程の時ですが,もう1つは,浪人中でした。
「そんな場合かい!」ってツッコミが入りそうですが。
現役で受験したすべての大学からフラれて,浪人した時,思いました。
「大学に入る」って,どういうことだろう?
「勉強する」って,どういうことだろう?
そして,ICUなる大学があることを知り,そのための予備校に通い始め,自分がいかに無知かを思い知らされました。
まさにソクラテスの「無知の知」ですね。
そして,岩波新書と岩波文庫を月一冊,交互に読むことを自分に課しました。
現代の社会常識については新書から。頭を鍛えるためには岩波文庫から(特に青表紙)って発想です。
その時,はじめて読んだ青表紙の岩波文庫は,プラトン著『ソクラテスの弁明』でした。
偶然といえば偶然ですが,その時はまさに今の自分の無知さを再度思い知らされました。
(私は,本との出会いは神様が作ってくれる気がしています。たまたま手にとった本が,「今の自分に一番必要なこと」を与えてくれるものだったという体験は,一度や二度ではないので。)
それから,デカルトの『方法序説』,マルクスの『共産党宣言』など,薄いけれども読み応えのあるものを読んでいました。
読書力もアップし,月一冊のノルマだったはずが,週に一冊のペースで読めるようになり,ものによっては3日くらいで読めるようになっていきました。
中学生の時,月一冊読書感想文を書くというノルマを国語の授業で強制されたことで,本を読むのが嫌になり,月一冊どころか全く本が読めなくなってしまった自分が嘘のようです。
小学生の頃は,とっても読書好きだったのですが,要は強制されるのが嫌なんでしょうね。

結果的に,読書によって,テクニックに頼らずとも,大学入試の現代文の問題はほぼパーフェクトに解けるくらいの力がついていました(だから大学に受かって,今の自分がいるんですけど)。

自分のやりたいことも,見えてきました。
笑い話のようですが,「マルクスのように,世界を変えられる研究者になりたい」と本気で思ったのです。
ただしそのためには,経済学だけではダメで,教育,それも最も困難な環境にある人への教育を学ばなければいけない。…だから,障害児教育を学ぼうと思ったわけです。
「社会を変えるために,障害児教育を学ぼう」と思って入学したわけです。
ですから,専攻外の勉強,すなわち障害児教育以外の勉強は,独学でしなきゃ!と思っていたので,入学後も,いろいろな本を読みました。
なにしろ,大学に合格した時に思ったことが「これでやっと『資本論』が読める!」ですから。(苦笑)
そして入学前の3月の間に,資本論第一巻の半分位を読み,入学後の一年生の時に第一巻の残りを読みました。
いつもポケットには新書か文庫が入っていた気がします。
その割には,授業はサボったりしていましたが,それはそれで,今思うと勿体無いことです。たぶん当時の自分にはある種のおごりみたいなものがあったのでしょうね。「こんなことくらい知ってるぜ!」みたいな。

今思うと,だいぶ変わった学生だったと思います。学部の指導教官からも,「70年代ならともかく,君みたいな学生が90年代に出てくるとは思わなかったよ」なんて言われましたし。(笑)

先述したように,4年生から大学院修士課程の頃が,難解な本に挑んだもう1つの時期でした。
障害児教育分野に身を置きながら,社会学の世界に入ろうとしたところ,魅力を感じつつも,分からない言葉だらけ。
学芸大の社会学専攻の人たちの集まりに,ご好意で同席させてもらったのですが,とにかく話についていけず,必死でした。
みんなが,ムチャクチャ頭良さそうに見えるんですよね。(苦笑)
その頃も,一生懸命,難解な本にチャレンジしました。
ガーフィンケルやサックスのほかに,レヴィ・ストロースとか,ピエール・ブルデューとか,ヴィトゲンシュタイン,ソシュールなど,現代思想系の本を,遅々として進まないながらも,一行一行,考えながら。
特に,現象学(的社会学)との出会いや言語学との出会いは,世界観が変えられる思いでした。
我々は,コードによってものごとを考えている。
世界があるから言語があるのではなく,言語(コード)があるから世界がある。
地震が起きなくても,「天地がひっくり返る」ってことがあるんだなぁ…ってとこでしょうか。
ピエール・ブルデューの「文化資本」も,その後,いろいろなものごとを自分が考える際に,書かせない概念です。

そんな頃の自分を,改めて思い出した次第です。

本って,すごいなと思います。
たかだか数千円で,人生観が変わるのですから!

2009年2月 5日 (木)

清原和博著『男道』幻冬舎

久しぶりに,「良い本を読んだ!」と思いました。
清原と桑田の友情と,その間に入った亀裂。
2人の間に何があり,そしてそれはどうなっていったのか。
熱烈な野球ファンではない私のような者も含め,多くの人が関心を寄せていたことだったと思います。
その時々の,清原の葛藤,苦悩,悔しさとパワーが伝わってきた気がしました。
そして,仰木監督は,清原に何を託し,そして「花道」として何を用意したいと思ったのか。
ジャイアンツを出てから引退までの清原の問いかけは,ここに向けられていました。
この本には,清原の思いを通じて,「男らしく生きる」とはどういうことか?ということを考えさせられました。
(ジェンダー論的には,「男らしい」という言い方に引っかかりを感じる方もおられるかもしれませんが,ここではとりあえず,「清原が言うところの『男らしく生きる』」という意味として流して下さい。)

また,清原が長渕剛の「とんぼ」をこよなく愛した理由もわかる気がしました。
清原にとって,東京=ジャイアンツだったのかもしれません。
(ちなみに私も「とんぼ」は好きですが,東京の新宿で生まれ育ち,そして仕事の関係で群馬に移り住んだ自分には,「死にたいくらいに憧れた東京のバカヤロー」というのは,実感をもって受け止めることができません。残念ながら。新宿のビル街こそが故郷な訳ですし…)

もう1つ,これは私が勝手にふと思ったことがあります。
長渕剛が大好きな清原にとって,「逆流」という曲は,どんな位置づけだったのだろうかと。
「逆流」は長渕のセカンドアルバムのアルバムタイトル曲でもあり,初期の作品です。
そんなにメジャーな曲ではないかもしれませんが,清原が長渕ファンならたぶん知っているはず。

例えば誰かがさびれたナイフで僕に軽蔑を突きつけても
腰を据えて受けてやる
げんこつ一つで笑えるさ

奴がブーツのボタンを外していようと
奴が人の生き様馬鹿にしようとも
一歩前のこの道を行かなければ
だって僕は僕を失うために生きてきたんじゃない
(作詞作曲長渕剛「逆流」)

ちなみに私は,高校〜大学時代,この曲をいわば「座右の銘」のように大切にしていて,ライブのたびにギターをかき鳴らして歌っていました。

この本を読んで,ひさびさに長渕の曲が聴きたくなりました。

2008年11月16日 (日)

「それが大事」に学ぶ認識論

昔,流行った,大事MANブラザーズバンドの「それが大事」という曲,ご存じでしょうか?
その中に,こんな歌詞があります。

 ここにあなたがいないのが淋しいのじゃなくて
 ここにあなたがいないと思う事が淋しい

なかなか,すごい歌詞です。
まさに,認識論ですね。
「あなたがいない」という事象そのものが人を淋しくさせるのではありません。
「あなたがいない」という事象に対して,それを認識することが,淋しさを引き起こすわけです。
その場にいない人なんて,砂の数ほどいます。
しかしそれをいちいち淋しいとは思っていない。
「あなた」をここにいてほしい存在だと思い,そのあなたがここにいないと感じる。そうした認識によって,淋しさが引き起こされるわけですね。

コブクロの「miss you」という曲にも,ちょっと興味深い一節が出てきます。

 もし願いが叶うならば「もう一度…」なんて言わないよ 出会う前の2人に戻しておくれ 
 存在さえも 知らぬ ままでいさせて 出逢うはずも無いほど 遠い街へ

一見,ちょっと逆説めく歌詞です。
でも確かに,そもそも出会っていなければ,そして出会う可能性がなければ,「miss(あなたがいなくて淋しい)」という感情は起きませんね。
ただ,そこまで好きになった人に対して,「あなたと出会ったこと自体をなきものにしたい」とはなかなか思えないわけで,そこにこの歌の逆説っぽさがある気がします。
「miss you」,比較的初期のコブクロの歌ですが,なかなか切なくて良い曲です。

2008年9月 3日 (水)

「科学」とは…?

「科学は正しいという迷信の風で育った」ASKA 「晴天を誉めるなら夕暮れを待て」
「包帯のような嘘を 見破ることで学者は世間を見たような気になる」 中島みゆき「世情」

…どちらの歌詞も,ドキッとするくらい,本質を言い当てていますね。ある意味,構築主義的。