卒業式,そして入学式
すっかりブログもご無沙汰です。
3月には,震災のため,卒業式が中止になりました…と,大学では公式発表がありました…が,学部単位で学位授与が行われました。
結果的には,教育学部の大教室に晴れ姿に身を包んだ卒業生が集まり,事実上の卒業式が行われました。
学長の役割が学部長にかわり,そして従来なら事務手続き的に手渡される学位記を,指導教員から直々に手渡される形になりました。
これはこれで,よかったじゃん!って,思えた式でした。
大教室での学位授与式の後,講座ごとに集まった教室では,在校生が迎えてくれ,1人1人に花束の贈呈に記念撮影と,これまでにない,ささやかながらも温かな卒業祝賀会。
華やかなパーティーもなければ,お祭りムードでもなかったけれども。
指導教員から手渡す形なので,「以下同文」もなく,すべて読み上げました。
学生にとっては,一生に一度ですから,思い出に残る形にしてあげて,次のステップに向かわせてあげたいですからね。
修了証書のかわりに単なる事務書類をうやうやしく手渡して読み上げようとした私のボケに,「それ違いますから」とすかさず突っ込んでくれたT君,まさに当研究室の免許皆伝です。(笑)
…というか,そんなボケができてしまうのも,こぢんまりした式だったからですけど。
ただ1点,残念なことがあります。
なんで,「卒業式は中止」と発表したのでしょうね。
「卒業式は学部単位で実施します」と言ってあげれば,皆,気持ちよく卒業の節目を迎えられたのに。
ほとんどの女の子は晴れ姿で来ましたが,中に数人,単なる事務手続き的な学位記の手渡しだと思って,普段着で来てしまった子も,若干見受けられました。
言い方1つで,人の気持ちって変わるものですから。
そして,入学式。
教育学部単独で,やはり教育学部の大教室で行われました。
教室の広さの関係で,保護者は式の会場には入れず,控室で待ってもらう形に。
でも,聴覚障害のあるお子さんをお持ちの,ある親御さんの言葉で,なるほどと思ったのが,「私にとっては,成人式よりも入学式の方が,感慨深い思いがあるんです」という言葉。
その会場と控室には,つい一ヶ月前に,遠隔講義システムを設置したばかり。
このシステムを使い,当日,控室から会場の様子を見られるようにしました。
かなり大きなスクリーンですから,思いの外,迫力があって,なかなかの見応え。
結果的には,親御さんの参加者が意外に少なかったこともあり,会場に入ってもらうことができましたので,控室は使われず,このシステムも使わずにすみました。
どんなに臨場感があっても,同じ会場内でナマで見られる方がいいわけですし,使わずにすむならその方がいい。
でも,これも1つ,残念なことがあります。
事前のアナウンスの段階で,保護者は控室を用意し,会場に入ることはできません,といったために,
「それだったら行かなくてもいいわ」と思った親御さん,いるんじゃないでしょうかね。
会場に入ることはできませんが,控室から生中継します,とアナウンスしていれば,違ったかもしれません。
卒業式と入学式,どちらも学部単位で行ったことで,アットホームな雰囲気で,なかなか良かったのですが,どちらも同じ点に,残念さが残りました。
そして群大には,3名の聴覚障害学生が入学。手話ユーザーも含まれています。
受け入れる支援室スタッフは,4名体制。
今年度から,はじめて聾者の職員が支援室スタッフのマネージャーに就任しました。
そのもとで,3名の手話通訳技術をもった職員が支援にあたります。
入学式から,手話通訳と,iPhone,iPadを用いたPCテイクを併用して情報保障にあたりました。
支援技術を必要に応じて活用しながらも,でも一番は本人のニーズに応じた支援ができること。
今年も,忙しくも楽しい一年になりそうです。
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