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2009年9月24日 (木)

上杉はなぜ義を貫いたのか…?

すっかり更新をさぼっておりました…m(__)m

NHK大河ドラマ「天地人」,今がまさに佳境といったところでしょうか。
先週は「直江状」で徳川家康にケンカを売り,そして今週は関ヶ原でした。
そして来週が,直江兼続がしんがりを務めて,会津に退却。
理詰めであり,挑発的であり,そして大胆不敵な「直江状」のドラマでの演出は,なかなか見事でした。
…でも,もう一つの見どころ(だと自分は思っている),会津への退却劇は,いったいどうするのでしょう?
原作の小説版「天地人」では,もはやこれまで…と切腹の覚悟を決めた兼続に,いきなりあの前田慶次が登場。兼続を殴り飛ばし,そしてここは俺に任せろ!とばかりに敵陣につっこんでいくシーン。
「天地人」でも,「一無庵風流記」やマンガ「花の慶次」でも,その古い原典の類でも出てくる,前田慶次きっての名場面のはず。…なのに,未だに慶次が出てこないんですね。
気になってネットで検索してみると,どうも,大河ドラマ制作当初は慶次が登場する予定もあったようですが,その後,予定変更になったとの噂も…
まあ,今度の日曜日を,期待しないで待つことしましょう(前田慶次ファンとしては…)。

先週,直江状を出した後の話で,印象に残った場面がありました。
直江状に怒り,進軍する家康を迎え撃とうとした矢先のこと。
石田三成が挙兵した(形式的には,「毛利が」ですが)知らせを聞いて引き返す家康を追撃するよう,兼続は上杉景勝に進言。
しかし殿は,それは上杉家のすることではない,どうしてもそうしたいなら,ワシを斬ってから行け!と却下します。
注目したのは,「はたして天が味方してくれようか…?」という言葉。
後ろを向ける者をおそうのは上杉の「義」に背く,というのは,ある意味わかりやすい。
でも,これだけで理解しようとすると,千載一遇のチャンスをみすみす逃してしまった…としか見えないわけです。少なくとも現代人からすれば。
もしあの時,家康を討っていれば,歴史は変わったかもしれない。
しかし,大事なのは当時の宗教観ではないでしょうか。
特に上杉家は,毘沙門天の化身である謙信公が作り上げた家風があり,信仰があり,それが人生観につながっているわけです。
「義」も,それ自体が目的なのではなく,宗教的な価値観の結果として生まれたもの。
それはすなわち,義を貫いてこそ,「天」が味方してくれるということ。
したがって,義に背く戦い方をすることは,すなわち天に背くことであり,結果的に,勝利はやってこない,ということ。
後ろを向けた家康を討たないということは,それ自体が戦術でもあり,そして人生観,宗教観でもあったと考えると,それもまた,筋の通った決断だったのではないかと思えるわけです。

ドラマの前半で,織田信長が本能寺の変で討たれた時のシーンを思い出しました。
あの世なのかどこなのかわからないところで,上杉謙信と織田信長が会話をするシーン。
天と地と人の3つを味方につけたものが天下を制する。
上杉は,地の利に欠けていた。
織田信長は…?
地の利はあった。
天も味方をした…?
少なくともはっきりしているのは,人をないがしろにしていたということ(少なくともドラマの設定では)。
だから,天下人にはなれなかったということ。

そう考えると,退却する家康を討たない決断をしたあの場面は,ドラマのタイトルにも密接に関わる,大事なシーンであり,あれこそ上杉の神髄だったわけですね。

歴史を見るときに,「あの時,ああすればよかったのに…」と思うことはたくさんあります。関ヶ原も,そうです。
ただ,これはしてはいけないと思うのは,今の価値観の尺度のままで,評価することです。
その時代,その文化,その価値観の中で,人々は行動しているわけですから,「彼らがなぜそのような行動をとったのか?」は,彼らの価値観にたって考えてみなければ見えてこないのでしょう。

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