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2007年10月 8日 (月)

「社交辞令」にするのは自分

立食パーティーのような席で,名刺交換。
「いつでも尋ねていらっしゃい。歓迎しますから。」と,エライ方が仰って下さる。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」と,返事。
でも,ホントに会ってくれるとは,あんまり思っておらず,挨拶だけして,名刺だけもらって,机にしまわれる。

久しぶりに友達にバッタリ出会ったとき。
「おー!久しぶりじゃん!元気?」と,しばし,立ち話。
で,決まったように,こう言います。
「今度みんなで会おうよ!」
「いいねーいいねー。」
…でも,「今度」は,やってきません。

こうしたやりとりは,至る所で転がっているもの。
いわゆる「社交辞令」か,それに近いもの(旧友再会のやりとりを「社交辞令」というには違和感があるかもしれませんが,次に会うことを本気で思っていなくても,そんな約束をするあたりは,本質的には,「社交辞令」でしょう)。

でも,図々しくても,相手が「エッ?」と思っても,こう言ってみると,違った展開になります。

「ありがとうございます。ぜひ,伺わせていただきたいです!大変お忙しいかとは存じますが,来週か再来週で,あいている日はございますか?」

友達同士なら,「いいねー,じゃ,いつごろがいい?俺,幹事やるからさ。」

たぶん,面食らったとしても,話は先に進みます。
その場でアポが決まらなくても,進む展開になります。
社交辞令は,自分が次のアクションを積極的に起こさない結果として,できあがるものだと思うのです。

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