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2007年6月30日 (土)

知的障害者を主な対象とした公開講座について

昨年度から,群馬大学では,知的障害のある方を主な対象とした公開講座を開講しています。
本来,こうした公開講座は,市民に広く開かれていなければならないはずです。
しかし,無意識の中に,知的障害のある方が受講することは想定していなかったのではないかと思うのです。
そして実際,これまでは彼らが受講したくなる講座は開かれていませんでした。

そこで昨年度,初めて,知的障害者のための公開講座を開催することができました。
山西哲郎教授を講師として,全3回にわたる「心と身体の運動教室」を開催しました。
開催にあたっては,「特別支援学校等卒業生を支援する会 ひまわり会」とのコラボレーションという形で,マンツーマンで支援者(主に学生)がつき,知的障害の程度が重度であっても参加できるように工夫しました。
そして,参加者も,支援者も,同行された保護者の方も,みんな,満足した顔で活動を終えることができました。

今年度は,さらに発展させて,体育・美術・音楽に広げた形での開催を予定しています。
「心と身体の運動教室」10月14日(日),28日(日)山西 哲郎教授(保健体育講座)
「心と身体の造形表現教室:からだでえがこう!!大きな絵!! からだでつくろう!!つながるかたち!!」10月14日(日)
茂木 一司 准教授(美術教育講座)
「イメージをふくらまして音で表現しよう」10月28日(日) 吉田 秀文准教授(音楽教育講座)

これらは,バラバラな企画ではなく,関係者一同で,工夫して全体を通して楽しんでいただけるよう,工夫をしたいと思っています。
その意図は,「心と身体の運動教室」の案内概要にも表れています。

「昨年、開講したこの教室は障がい者のみならず、保護者やボランテイァの学生にも好評でした。今年は、芝生の上で、快適に自分との対話、風とともに自然との対話、そして楽しい仲間との対話で、もっと心と体をのびやかに、元気になります。
 また、運動だけではなく、音楽や、美術も取り入れ、もっと多面的な教室にします。」
http://www.gunma-u.ac.jp/cgi-bin/koukai/prg/koukai.cgi?id=b012

3講座全部を受講していただけたら,大変ありがたいのですが,もちろん,ご希望の講座1つを受講されても,構いません。
無料開放講座ですので,ぜひ,多くの方々の申し込みをお待ちしております。

詳細は,群馬大学公開講座のホームページをご覧下さい。
http://www.gunma-u.ac.jp/cgi-bin/koukai/prg/koukai.cgi

なお,ひまわり会のホームページは,こちらになります。
http://www2.bbweb-arena.com/shien/index.html

金澤は,何をしているかって…?
私には,3講座の先生方のような「芸」がないので…
記録をとったり,裏方にまわってお仕事をしていると思います。(^_^;)

2007年6月28日 (木)

苦手な科目への対応は…?(バイパスを作るということ)(平成18年5月11日)

「苦手な科目をほっておいていいのか。」という質問がありました。
そのままではまずいという思いも分かります。
でも,僕は確信はないんだけど,ほっておいてもいいのではないかと思う。
というのは,バイパスをつくるという発想です。
ただその前に,苦手な科目をそのままにしておくと,将来困ったことになるでしょうか。
僕は化学はモルでつまずいて,その先分からなかった。
いつも赤点でしたけど,「ホトケのオノデラ」先生のおかげで,救ってもらいました。
高校はちょっと変わった学校で,文系の人も数学は微積まで必修でやりました。
でも,大学卒業してから,今の今まで,方程式,一度も使ったことがないです。
自分で言うのもなんですけど,自分の仕事は一応,知的な仕事,頭脳労働ですよね。
でも,方程式,ひとつも使ってないです。
中学の社会だって,ほとんど役に立たないですよ。
算数は役立つことが多いですけど,数学は役に立たない。
鶴亀算より方程式の方が楽に答えがでるはずですが,方程式,使わないですよね。

りんごとみかん食べたいなと思ったときに,財布と相談して今支払える金額と,りんごとみかんのそれぞれの値段を出して,方程式をたてた。
答えを出してみたら,りんごは6個で,みかん1個になった。
でも実はあなたはミカンをたくさん食べたかった…残念。
そうしたらあなたは,方程式の答えに従いますか?…しないですよね。

誰かと落ち合うとき,お互いの出発点から距離を導き出して,時速何キロとか計算して,割り出された場所で待ち合わせたりとか,しないですよね。
最初に待ち合わせ場所を決めますよね。
それも,コンビニとか,喫茶店とか,待ち合わせに向いている場所を。

じゃあ,いわゆる学問は,まったく役に立たないかというと,そうではない。
数学とか化学とか,みなさんと縁の遠いところで,役に立っているんですよね。
みなさんが使っているパソコンだって,誰か開発者がいて,その努力の結晶なわけです。

逆もまた言えると思うんです。
ほとんど全く実生活には役に立たない学問もある。
でも,役に立たないからこそ,学問はそれ自体,価値があるのだと。
そして,役に立たないからこそ,面白いのだと。
たぶん,数学にのめり込んでいる数学者は,それが役に立つかどうかなんてどうでもよくて,数学の美しさに惚れ込んでいるんでしょうね。
そして難問を解くことが快感。
考古学の研究者は,それこそキャプテン翼の翼君が「ボールはともだち」と思っているのと同レベルで,土器のかけらと会話ができるのかもしれません。
…てきとーなこと言ってますけど。(笑)
たぶん,勉強って,ホントは,それ自体とっても楽しいもののはずなんです。

そんなわけで,世の中の学問が,世の中にとって役に立たないとか,そんなことを言うつもりはないのですが,でも,それを知らなくても生きていく上ではほとんど支障はない。
だから思うんですよ。
苦手なことは,思い切って捨ててしまって,そのぶん自分の得意な分野を徹底的に伸ばして,その能力を買ってもらえるほうがいいんじゃないかと。

学習障害で,記憶が苦手なお子さんがいますよね。
漢字の書き取りが苦手だったら,かわりに,電子辞書もたせたらだめですかね?
僕も漢字が苦手だったんです。
小テストで,10問中1点か2点しか取れない。
そんな小学校時代でした。
大学受験の時,「漢字は必ず書け」と予備校の先生から言われました。
でも,僕には信じられなかった。
僕はセンター試験の点は,160点以上とっていました。
200点満点で。
でも,漢字は捨ててました。
皆さんは解けてあたりまえでしょ?
でも,ほかがとれればいいやと思っていたので,漢字は0点でいいやと思った。
そして今,克服したかって言うと,相変わらず,漢字の書き取りは苦手です。
最近では,「障害児教育制度概説」の授業で,「特殊」の「殊」が思い出せなくて,あせりました。
特殊教育の教育制度を専門にしているのに,かけなかった。
そのときはさすがに困りましたが。
あきらめて,前の席にいる学生に,聞きました。
今だと,携帯を持ち歩いているので,すぐ確認できますので,助かります。
それに,「ワープロやっていると漢字わすれちゃって」といいわけができる。
結局,苦手な部分は全く克服していなくて,かわりに回避する方法を身につけたわけです。

九九ができない学習障害のお子さんもいました。
「九九をやらないと先に進めない」と思ってはいませんか。
できなくてもどうにでもなります。
2年生で九九やりますよね。
そして算数には系統性がありますよね。
だんだん,順を追って難しくなる。
約分通分のある計算があったり。
九九ができなくてものりきれると思うか,そうでないと思うか,だれかに聞いてみましょうかね。
(学生/やった方がいい。)
やらないとどこでつまずく?
(学生/計算が遅くなるので不便かなと思いました。)
遅くなる…か。
確かに遅くはなるかもしれませんね。
つまずくポイントってどこ?
算数で3年生4年生とあがっていくけど,ここでできないとつまずくというのがありますか?
(学生/算数の中で,つまずいちゃうんじゃないですか?)
つまずくのと,遅いというのは,違うよね。
どっちかな?

ここで考えてほしいんです。
そういえば,以前,研究室の学生で,なぜ,算数で早さが求められるようになったのかについて調べた学生がいましたね。
例えば,計算問題100題ある。
それができることは,算数の理解と関係しますか?
絞って30題にして,解けたか解けなかったかを見る方法もあると思います。
どちらが算数の能力を評価できますか?
(学生/たくさん解けた方がいいと思う。)
僕の経験で話すと,僕は計算が遅かったんです。
かなり遅かった。
だから,計算問題は,小学校の時は全体の半分しか解けなかった。
ただ,しっかり理解できないと気が済まなかったので,テストの問題が「わからない」ということはなかった。
わからないことがあると,納得するまで先生に聞いたりしてすごしたから。
でも,とにかく遅いので,成績は良くはなかった。
ところが,中学校にあがって,ある時,突然学年トップになったんです。
なぜかというと,すべて理解をしていたから。
学年があがると理解が難しくなってくる。
確かに中学校でも計算問題はありますが,これは単純な計算のスピードが問われるものではなくて,解き方の要領の良さで速さが変わるんです。
5−2=3を2秒でとけるか,5秒かかるかということとは質がずいぶん違う。
より短距離で解ける方法を見つけられるかで決まるわけです。
答えは1つかもしれないけど,方程式の道のりで,いろいろな方法で解けるのが数学のおもしろさです。
ロジックとして間違えていなければ,解ける。
でも,回り道をしないことが必要になります。
応用問題もそう。
ぱっと解法が思いつく人は時間が余る。
高校の数学で,60分の時間で,ある1つの問題でつまづいて時間切れになってしまった経験はありませんか?
方程式,長いものもありますよね。
一つ一つ手をつけたらいいのか,まとめて足し合わせたらいいのか。
解法をしっかり理解して説くことが重要になるわけです。

さて,九九が苦手だった学習障害のお子さんの話です。
その子は,普通におしゃべりするとぺらぺらしゃべる子でした。
当事,5年生でした。
でも,国語も算数も苦手で,算数の時間は,問題を先生が書く代わりに,板書をする「係」になっていました。
それは先生からすれば,悪意ではなく,「お客様」にせず,彼に存在価値を与えるためだったと思うんですが。
大学3年の時,その子の家庭教師をしました。
いろいろ試行錯誤して,「あ,ここか」と思った。
つまずきの箇所がわかったわけです。
「Aちゃん,後について言ってくれる?」と言って,数字の復唱をさせてみたんです。
ちなみに,皆さん,どうでしょう?
僕の後に続いていって。
13567。(学生/13567)
3486257。(学生/3486257)
もう少し行けますか?
248639571231。(学生/24863…?)
先生/これを短期記憶といいます。
7プラスマイナス2といわれています。
電話番号の長さはちょうどギリギリ。
携帯電話だと,ちょっと長くて覚えにくいでしょ?
ところで,最初に言った数字を覚えている人いますか?
ほら,みんなもう忘れているでしょ。
だから短期記憶なわけです。
あくまで,一次的にストックしておくだけ。
次に違う情報が入ってきたら,消えてしまう。

ちなみにハヤト,もう1つ問題出すよ。
後について言ってみて。
長いよ。(ハヤト/長いよ。)(一同,笑)
そうじゃない。
これから長い数字を言うってこと。
数字言います。
どのくらい長いのにしようかな。
17桁くらいにしましょう!(ハヤト/えー! マジっすか!?)
さて,ハヤトは,僕が言ったことを復唱できると思う人?
4人ですか。
じゃ,いきます。
12345678987654321。
(ハヤト/12345678987654321)
なんだ,言えたじゃないですか!
ま,これは,後になって聞いても,たぶん覚えていられると思うんですよね。
これは,短期記憶ではなく,長期記憶である,意味記憶に記憶が入ったということです。
この並びには意味があるからです。
たぶん,ハヤトは,明日になっても,思い出せるよ。

さて,Aちゃんに話を戻します。
彼は3桁でアウトだったんですね。
ここが彼の学習障害たるところだったんだなと思いました。
で,僕は九九の勉強は一切やめたんです。
彼は,九九で躓いていて,そこから先に進めていなかったんです。
足し算,引き算なら,3桁,4桁の筆算もこなせるのです。
繰り上がり,繰り下がりもできるんです。
理解力は,十分にある。
これって,すっごく,もったいなくないですか?
才能を無駄にしている。

「3×4=12」これ,みなさんはどう覚えますか?
「さんしじゅうに」と覚えますよね。
リズムで覚えます。リズミカルに行く。
そして,この覚え方自体には,意味はないわけです。
「さんしじゅうに」である意味はないんです。
言ってる意味伝わるかな?
3かける4は12の意味はあるけど,「さんしじゅうに」という言葉には意味がない。
あるのは,リズミカルで覚えやすいということです。
でも,それは多くの子にとってそうだというだけで,その覚え方では覚えにくいという子にとっては,その覚え方で覚えなければならない理由はない,ということです。
このこと,重要ですよ,とっても!

そして,少なくともAちゃんにとっては,「さんしじゅうに」という,いわゆる九九のリズムに合わせた覚え方は,全く覚えやすくない。
だから,いわゆる「九九」は,放棄しました。
そして,3個の団子と4個のお皿の絵を描いて,「この式は,お団子をぜんぶ足したのが,12になるよっていう意味だよ」と教えました。
これを見て,これじゃあ,掛け算でなく足し算をやっているだけじゃん,と思う人もいるかもしれませんね。
でも,そんなことはないんです。
最初,問題を解くときに,いちいち,お皿とお団子を書いて,答えを出していました。
でも,何問も問題を解くうちに,彼はこんなことを言い始めたんです。
「先生,めんどくさいから,全部書かなくてもいいよね」と。
「うん,めんどくさいなら,書かなくてもいいよ」と私は言いました。
彼は自分で省略してこう書きました。
お皿の絵を描く代わりに,横棒一本に。
3個のお団子の絵を描く代わりに,一本ひいた横棒の上に「3」の数字を。
そして彼は,お皿の絵を描かなくてもいいや,と気づきました。
「3×4」を単に,3を縦に4個並べて書いたのです。
そして,次に彼は,上の2つの3と3から斜め線を引っ張ってつなげて,6を書き,下の2つの3と3から斜め線を引っ張ってつなげて,6を書きました。
そして,2つの6からまた斜め線を引っ張ってつなげて,12を書くようになりました。
こんな感じで,自分で工夫を図っていったのです。
頭良いですよね。
こちらが何も言わなくても,自分で合理化してしまうわけです。
そうやって,スラスラと,問題が解けるようになりました。

でも,それだけでは,終わらなかったんです。
そうやって問題をスラスラ解けるようになると,楽しくなります。
「Aちゃん,すごいじゃんすごいじゃん!」ってこちらが感激していると,彼は嬉しくなって「先生,Aちゃんって(彼は自分のことを「Aちゃん」って呼びます)すごいの?」と聞きます。
「ホントすごいよ,だって,先生,なんにも教えてないのに,Aちゃんが自分で考えてるじゃん!」みたいに言うと,ホントに嬉しくなって,次から次へと,問題を解いていきました。
お世辞抜きで,実際,スゴイと思っていましたから,その気持ちは伝わったんでしょうね。
そしてなんと,彼は,たくさん問題を解いていくうち,いつのまにか,いくつかの段を暗記してしまったんです。
どんなに,何度やっても,九九を覚えなかったのに!
まず最初に,1の段,5の段をおぼえました。
それから,2の段,3の段,と,だんだん,増えていきました。

そして,ここで重要なのは,「なんだっけ?」と思ったら,お団子とお皿に戻ればいい,と言うことを知っているということです。
九九は,忘れたら,終わりです。
でも,彼は,理屈がわかっているから,不安にならない。
丸暗記と違って,理屈がわかっていること,これはとっても重要です。

でも,話はここで終わりではないのです。
ここまでは,工夫は確かにありますが,足し算とさして変わらない。
でも,彼は1桁×1桁のかけ算ができるようになったということで,筆算ができるようになるわけです。
彼はすでに,3桁以上の足し算引き算はできていましたから,筆算には,抵抗はありませんでした。
なぜ九九でつまずいたかというと,記憶が苦手で,九九の暗唱ができなかったからです。
そういうわけで,彼はかけ算の筆算ができるようになりました。

例えばこの計算,どうでしょう?
368×769=?
足し算しか知らなければ,冗談抜きに,日が暮れちゃいます。
368+368,その答+368,その答+368,…という筆算を,769回繰り返すわけですから。

では,かけ算の筆算なら,どうでしょうか?
今,やってみましょう。
ただし,いわゆる九九を利用しないで。
…と,こうやって,それぞれの1桁×1桁のかけ算の部分は全部お皿とお団子の足し算で解いたとしても,ものの5分もかからずに解けるわけです。
確かに九九を使えば,1分程度で解けるでしょうから,若干,早く答はでます。
でも,筆算という,人類の英知によって生み出された道具を使わないことと比べたら,天と地の差です。
なんとまあ,彼は,低学年,中学年,高学年と,3人の異なる担任の先生と出会っていたにもかかわらず,かけ算の筆算に出会うことなく,過ごしてきたわけです。
それも,「九九がわからなければ,その先には進めない」という,先入観のために!

暗記ができなくても,理屈がわかれば,その先に進めるんです。
彼はそれから半年の間に,本当に,いろいろなことを覚えていきました。
なんと,半年で,約分・通分を利用した分数の計算まで,できるようになりました。
数理的な理解力はあるんです。
ただ,それが3年以上の間,封じ込められていた状態だったわけです。
だから,分数も,ケーキを使ったり,当時の私なりの工夫で,理屈を説明しながら,きちんと教えていました(…たぶん)。

そして,ある日のことです。
これは,その日の夕方,その日学校であったことを彼から報告を受ける形で,私は聞いたのですが。
彼は,いつものように,黒板に書く係をしていました。
分数の計算問題でした。
彼は,問題を,板書した後,先生にこう言いました。
「先生,僕これ解けるよ」と。
そして,その場で解いてしまったそうです。
僕はその話を聞きながら,かなり興奮しました。
「へぇ!…で,先生,どうだった?なんか言ってた?」と聞きました。
「うん,びっくりしてた!」と,彼はニッコリと,答えました。

…そりゃあ先生,ビックリしますよね。
今まで,九九の計算ができない(=小学校2年生の最初の段階)で,つまずいていた子が,いきなり5年生の問題を解いたわけですから!
その場での先生の様子,見てみたかったです。

なぜ,彼は九九のところでつまずいていたのでしょうか。
先生は,算数には系統性があると思っていて,苦手な部分をとばしては先に進めないと思っていたわけです。
でも,彼に,「九九を使わない」という,一見,回り道なバイパスを通してあげたことによって,彼は彼なりの方法を手に入れたんですね。
苦手なことは本当に乗り越えなければいけないんでしょうか。
ちょっと教える側が頭を柔らかくして,別の道(バイパス)を作ってあげれば,それで済むのかもしれません。
おっと,そろそろ時間になりましたね。
これから知的障害のお子さんや,学習障害のお子さんと関わるとき,そんなことを,ぜひ頭に入れておいてください。
終わります!
おつかれさまでした!

2007年6月25日 (月)

先生はいついるんですか?(平成18年5月11日)

「先生はいつ研究室にいるのですか?」という質問がありました。
たずねてきていなかったことがありましたか?…ごめんなさいね。
今の時間割になったのは4月からなので,自分でも時間の使い方が分かっていないんですよね。
火,水,木に授業があるので,この3日間は立て込んでいます。
一応授業を行っておくと,火は3.4.5.6コマ。
火曜の6コマは,6時から卒論・修論指導を行っています。
あ,通常の6コマは6:45からなので,火曜の6時からっていうのは,イレギュラーな開始時間です。
卒論指導に興味のある人は,来てください。
4年生や院生がどういう指導を受けているか知りたければ,ぜひ来てみて下さい。
水曜日は,2コマだけ。
でも,午後は行事や会議が目白押しだったりします。
時々空いていることもあるんですけどね。
昨日はたまたまあいていましたけど。
僕は教育実習と,就職支援の担当でして,特に就職関係のイベントでは,一応責任者になっているので,就職ガイダンスがあると必ず行かなければならないんです。
水曜日は6コマがあります。ろう重複のコミュニケーションについての授業。
1年生の皆さんも興味があれば来て下さい。
「勉強」だと思わず,興味があるから覗いてみようかな,くらいの気持ちで来てもらえればいいですよ。
木曜日は…今日か。
授業は,2,3,4。
5コマめは,「オフィスアワー」になっています。
これは,研究室に教員がいなければいけなくて,誰でも訪ねて来てください,という時間です。
ですから,このオフィスアワーに来てもらえれば,一番確実でしょうね。
月,金は暇だともいえるのですが,何もなかったら,別のことをやっていたり,来なかったりします。
来ないっていうのは,別に,さぼっているとか,温泉に行っているとかでないんですよ。
僕はもう一つ,医学部にも仕事場を持っているんです。
松田先生たちと,知的障害者のための就労支援プロジェクトというのをやっています。
その研究室が医学部にあるんです。
いつもいる研究室の倍以上の広さがあって,改築されたきれいな建物の6階にある。
外の景色がよくて,赤城や,夜の夜景もきれいです。
見たければ,案内しますよ。
さて,結論。
僕のメールアドレスって知ってる?
それで,つかまえてください。
メールでアポ取ってもらえばいいです。
まずそれが一つですね。
(メールアドレスを板書)
ここに送ってもらえれば,PCのアドレスですが,ケイタイに瞬時に転送されますので,すぐ携帯に転送されると思っていてください。
何か用事があったら,連絡してもらえば,いつでも時間はつくります。
ちなみにこれが携帯の番号です。(板書)
電話してくれてもいいですよ。
あとは,研究室に来てもらえれば,僕がいなくても,誰か先輩がいることが多いです。
僕がいなくても,誰かがいることが多い。
連絡とりたいと言えば,気の利いた先輩がつないでくれると思います。
用事があればもちろんですが,なくても,とりとめのない話でも何でも,ちょっと話を聞きたいというのでもいいです。
研究室にいつもいる先輩にも,「僕は1年生の担任だから,1年生が来るかもしれない,本でも見たい」と言ったら,どうぞと中に入れてくださいね,と言ってあります。
フラッと立ち寄ってみてください。
昼休みという手もありますね。
まとまって話がしたいということなら,昼の時間に,学食で,メシ食いながらという手もあります。
ちなみに,弁当作る派の人います?…一年生は少ないですね。
生協で食べる人?…あ,これが多いですね。
生協で買う派は?…少ないですね。
Tさん,1年生の時からかわってきましたか?

T/1年生の時は学食で食べたんですが,だんだんこっち(教育学部棟)で食べるようになりました。

先生/連絡委員二人いたよね…はい。
なぜ聞いたかというと,興味があったら,交流会とか企画したら…(学生/やりましょう!),企画してくれれば,呼んでくれれば行きますので!

新しいことを生み出せる人とは…?(18年5月11日)

自分の蓄え(時間でも,予算でも,いろいろあります)が,総量の半分になったとき,「もう,半分しかない」と考える人と,「まだ,半分もある」と考える人とがいます。
新しいことができるのは,後者の考えができる人です。
「これしかない」という考えは,「だからやめておこう」と,あきらめにつながります。
「これだけ,ある」という考えは,「だからやってみよう」と,チャレンジにつながります。

漫画「光とともに」の中に,こんなシーンがあります。
自閉症のお子さんは,パニックになったときとか,気持ちを落ち着かせるための場所があると,それだけでずいぶん精神的に安定します。
そこで,教室の一角にパーティションを設けてはどうか,という提案がありました。
「特別支援教育なんて言われても,予算もなければ何もできない」と考える,ネガティブな校長先生が登場します。
これは,「これしかない」と考えるタイプの人です。できるだけ,面倒なことはしたくない。
一方,教頭先生,なかなかいいキャラです。
「では,前例を踏襲させていただきます」と言いながら,校長先生を安心させる(議論を煙に巻く…?)一方で,どうしたか。
「お金も手間もかからないよ」といって,学校の中に眠っている資材を運び出してパーティションを作ろうと考えたわけです。
できることを,できることから始めてしまう。
「これだけ,ある」と考えるタイプの人です。
「どうしてたった一人の児童のためにこんなに一生懸命になれるのですか?」という,現場の先生からの問いかけには,こう答えます。
「だって,今はこれを運ぶだけでしょ?やったら終わります」と。
こう言う人が,新しいことを生み出していくんでしょうね。
仕事ができる人は,小分けにするのが上手です。
「今日やることはこれ」と小分けにして,できることを確実に進めていける。
1年間で大きなことをやるのは大変だけど,「今日とりあえず書類1枚作ればいい」と思えばできる。
その積み重ねが,新しい道を切り開いていくわけです。
なにも,いきなり大きなことをするわけではない。
逆に,日本の文化では,いきなり大きな提案を出すと,つぶされてしまいます。
そう言う意味でも,この教頭先生,実に上手い。
したたかで,それでいて,ポジティブ。
こういうタイプの先生に,通常の学校の中から,日本の特別支援教育を変えていってほしいですね。

ところでビジネスの世界では,嫌な言葉があります。
「急ぎの仕事は一番忙しい人に頼め。」
頼まれる側には迷惑ですよね。でもそれが一番早く終わるんです。
一番ヒマそうな人は,仕事ができないから,ヒマなわけです。
その人に頼むとどうなるか。
「いつでもできる」と考えて,その書類を棚にしまってしまいます。
それこそ,書類全体に目を通して,OKだったら印鑑を押すだけの仕事でも。
「いつでもできる」と思うから,今やらないんですよね。
逆に,仕事ができる人は,みんなから頼られます。
だから年中忙しい。
そんな,「忙しい人」は,すぐできる仕事はその場で片付けるのが一番早く仕上がることを知っています。
だから,その場で目を通して,処理してくれます。
今これを片付けないと,その書類は次々に押し寄せる書類の波にのまれてしまうことを知っているんですよね。
ちなみに,この学部の先生たちの中でおそらく一番忙しいであろう,あのダンディな学部長は,もっともレスポンスが早いです。
すぐ返事がほしいメールは,その日に返事が来ます。
判断してほしい,やっかいな問題は,即決してくれます。
うーん…さすがです。
この専攻のみなさんの中でも,いつも仕事を頼まれていて,忙しそうにしてる人っていると思うんですよね。
いつも人から頼まれごとをする,リーダー的な役割をする人いますか?
「なんで私ばっかり…」と思うかもしれませんが,「いいよやっとくよ」といって引き受けていった方が,あとあと社会に出てから役に立つと思います。
群大の事務の人は,仕事できる人が多いので,頼んだ仕事はパッとやってくれる人が多いですね。
さて,この教頭先生が暇かというと,そんなことはないはず。
忙しいからこそ,「今,パッとやってしまいましょう」ということです。
きっと,普段から,仕事ができるタイプの人なのでしょうね。

通常の学校で働く特別支援教育コーディネーターは,それぞれの学級の担任の先生の意識を変えていかなければなりません。
そのためには,特別支援教育の知識や技術があるだけではダメです。
「いい人」であっても,知識があっても,組織を変えることはできません。
少しずつでも,今できることを,確実に前に進めていく力と意識が必要です。
一見,教員の仕事とは関係なさそうな,単純な事務処理を時間をかけずにできることも,大事です。
そして何より,「これしか,ない」から,「これなら,ある」に意識を切り替えること。
そうしたことを,この教頭先生から学んでほしいと思います。

接客サービスに学ぶ(平成18年5月11日)

特別支援教育コーディネーターには,接客サービス業で求められている能力が求められます。
相談にきた人が,帰るときに,「この人に相談して,良かった!」と思ってくれるかどうか。
ちょっとしたことをケチるか,それとも,プラスαの心遣いができるかどうか。
たとえば…なんでしょうね。
バレンタインのチョコのお返しをホワイトデーにあげるとします。
裏に値札が付いたままとか…さすがにそれはないかな。
でも,クッキーを,コンビニのビニール袋に入ったまま渡されたらどうでしょうか?
コンビニでも,バレンタインデーやホワイトデーの時期は,リボンがついた状態でチョコやクッキーを売ってます。
だからといって,いつもなじみの,「ローソ○」の袋のまま渡されたら…
せめて袋から出して,プレゼントって状態で渡してもらいたいと思いませんか?
でも,たとえ袋から出して渡したとしても,女の子は男よりも鋭いから,包装のパッケージを見ただけでも,「コンビニで買ったな?」と気づくかもしれません。
…っていうか,気づきます。はい,気づかれました。(笑)
だからというわけでもないですけど,プラスもう10分,そしてもう数百円お金をかけて,渡された女の子が知らなそうな,そのお店の手作りのお菓子を買ってくると,ちょっと違うかもしれません。
「これどこで買ったの?」という話になって,そこで話題が広がります。
そういう話,男が思っている以上に,女の子は大好きです。
プラスαの工夫で,その先の展開が変わってくるわけです。

こうした「プラスαのサービス」は,例えば美容院から学べます。
前に髪を切ってもらったときのことを,細かく覚えている。
前に話したことを覚えていて,「たしか,高崎に引っ越してきたばかりでしたよね。慣れましたか?」などといわれると,ちょっと嬉しい。
<覚えている>ということは,それ自体がサービスであり,商品価値があるのです。
いきつけの,同じお店に行っている人?
はい,何人かいますね。
自分のことを覚えていてくれることは,それだけで,安心感にもつながりますし,また行きたい,と思えるわけです。
逆の場合もあります。僕が学生時代に過ごした大学には,生協に床屋がありました。
確か1000円だった。今でこそ,1000円カットが流行っていますが,当時はあり得ないくらい安い価格でした。
しかし,一つだけ欠点があったんです。
「どんな髪型がいいですか?」と聞かれる。
一応,それなりに答えるのですが,できあがってみたら,みんな同じ髪型なんです。(笑)
「お前,生協で切っただろ?」と言われます。(笑)
女の子は行きません。
安いからいいかと,一部の学生には人気がありましたから,それもまた,ある種の学生のニーズには合致しているんでしょうね。

…というわけで,「覚えていること」も,顧客満足のためには,とても大事です。
皆さんの身近なところでは,教育実習がありますね。
子供の顔を覚えないとアウトですよ。
附属小学校では,実習生慣れしてますから,「先生,僕の名前知ってる?」と聞くんです。
「知ってるよー」といいながら,実は一生懸命,頭の中で思い出している。
Tさん,そんなことありましたか?

T/観察に行ったときに名乗ってくれた子は覚えておかないと。でも,名札を見て答えてしまいました。

うーん,もしかしたら,名札をチラッと見たのも,子どもたちには,バレてしまっていたかもしれませんねぇ。
ぜひみなさん,頑張って子どもの名前は覚えて下さいね。

こうした接客サービス業の基本的なスキルは,そのまま特別支援教育コーディネーターに必要なスキルでもあります。
でも,意外と,学校の先生には,欠けていることかもしれません。
プラスαのサービス,いろんな場面が考えられます。
例えば障害のあるお子さんをお持ちの親御さんが,どこに行っても納得のいく答えをもらえなくて,あなたに相談に来たとします。
特に重複障害のあるお子さんだと,しばしばあります。
知的障害と聴覚障害。聴覚障害と視覚障害。
養護学校に行くべきか,聾学校に行くべきか,それとも,盲学校なのか。
誰に相談しても,あいまいな答しか,もらえていなくて,コーディネーターのあなたのもとを訪ねたのかもしれません。
しかし残念ながら,あなたにも上手く応えられない。
そんなとき,もっと専門的な知識のある人を紹介しようと考えました。
問題は,そのつなぎ方です。
別の専門機関を紹介するとき,連絡先と担当者の名前だけを伝えているようでは,ダメです。
それを,「お役所仕事」と言うのです。
相手にとって見れば,どうでしょうか。
勇気を振り絞って,ワラをもすがる思いで,あなたに相談しているかもしれません。
別の担当者を紹介すると言うことは,また振り出しに戻るということです。
いわゆる,「たらい回し」とは,こういうことを言うのです。
せめて,代わりに自分が電話をかけて,担当者にしっかり自分から話をした上で,その場で親御さんに電話を替わる。
これだけでも,一から出直しをするのとは違ってきます。
そしてこれは,ホンの数分の違いです。これが,プラスαのサービスです。
もちろん,その親御さんと一緒に,紹介したい担当者のところに訪ねていければ,一番親御さんは安心するのかもしれませんが,現実的に,身体は一つですし,そこまでの時間はないかもしれません。
一流のサービス業は,忙しい中で,相手に不快感を与えないで,サービスを提供します。
そのセンスを,ぜひ,特別支援教育の世界でも,活かしてほしいなと思うのです。

その一方で,人気のある美容院から,「覚えていること」の大切さを,学んで下さい。
今日相談にきた人と,次に会うのは,1年後かもしれません。
その時に,前の相談内容を覚えていられるかどうか。
一流ホスト,一流キャバ嬢は,そうした技を磨き上げているからこそ,固定客をつかめるのです。
身近なところでは,美容院ですね。
今度美容院に行くときには,店員さんのそうしたスキルに注目してみると,新しい発見があるかもしれません。

2007年6月24日 (日)

はじめに

私の授業のいくつかは,聴覚障害学生が受講しています。
その際,パソコン要約筆記が用意されることになります。
それは,本来的には,その場での情報保障に用いられるわけですが,結果的に,授業の記録がデータとして残ることになります。
それを,再利用できないかと考えました。
つまりは,字幕データを利用して,授業の様子を文字媒体で再現しようと思いました。
テーマ毎に整理し直して,分かりにくい部分は加筆して,ここに,授業内容を再現してみました。
(けっこう,大幅に加筆しましたが…)

情報保障の字幕データをどのように役立てるかについては,いろいろな考え方があります。
特に,それを聴覚障害学生に渡すべきかどうか。
それはそうとして,ひとまずその著作権が誰に帰属するかについていえば,まずは話し手である教員と,そして一部は,字幕作成者にもあると言えるかもしれません。
そのどちらなのか?ということになると,ややこしい議論になるのかもしれません。
そこで,そうした問題は避ける意味でも,今回は,パソコン要約筆記者にも了解をとって,字幕データを私が手にして,修正作業を行いました。

今後,時々,アップしていきたいと思います!

2007年6月23日 (土)

免許法認定公開講座について

毎年,現場の先生方が特殊教育関係の免許を取得するための方策として,群馬大学では,公開講座を開催していました。
そして今年も開催する予定です。
ただ,今年から新しくなったことがあります。
それは,特別支援学校免許への対応として,新たに視覚障害・聴覚障害関連の授業を設けたこと。
私は,「聴覚障害児の理解」を担当します(9月1日,2日の予定です。まだ受付中です)。

群馬大学で実施する免許法認定公開講座の詳細は,こちらをご参照下さい。
http://www.edu.gunma-u.ac.jp/syogaiji/rishu/07kk-menu.htm

ちなみにこれら本学で用意している講座は,群馬県教育委員会が実施する認定講習と重ならないようにしています。
いわば,認定講習の「裏番組」です。
ですので,両方を合わせてとっていくことで,効率よく,早く免許が取得できるということになります。
認定講習の方では,私は「聴覚障害児の教育」を担当します。

受講される方,お会いできますことを,楽しみにしています!

2007年6月21日 (木)

まずは量的充足を!

最近,ICT(情報通信技術)を利用した聴覚障害学生支援の実践が,あちこちで始まりつつあります。
音声認識技術,遠隔地通信,などなど。産学連携による研究で,新聞などに取り上げられることもあります。
群馬大学でも,その例に漏れず,産学連携&大学間連携による音声認識技術を用いた聴覚障害学生支援の研究を進めています。
より質の高い情報保障のあり方を考えていくことも,それはそれで大事な研究だと思っていますから,頑張って行こうと思っています。
しかし,そうしてICTが注目されている今だからこそ,あえてこう言いたい。
まずは,どんな方法であれ,聴覚障害学生が受講する全ての授業に,何らかの情報保障手段が用意されることが先である,と。

例えば,ある聴覚障害学生が,一週間に10コマの授業をとっていたとします。
しかし,大学には十分な情報保障の体制ができあがっていない。
そのため,例えば,「5コマ分はノートテイクが用意できるけれども,残り5コマ分は,我慢してほしい。だから,ノートテイクをつけたい授業の優先順位を自分で決めてほしい」と言われたら,どうでしょうか。
そんなこと,本当は決められるわけがありません。
いや,「好きな授業」,「大事な授業」は,それぞれありますから,それなりに決められるかもしれません。
でも,では,それ以外の授業は,情報保障がなくてもよい,ということなのでしょうか。
それは,授業に参加しなくてもよい,ということと同じです。
「ノートテイクをつけない」という選択をされた先生…ちょっと気の毒です。
「先生の授業は聞く価値がないので,テイクをつけないことにしました。」と言っているのと同じです。
聴覚障害学生自身に,ノートテイクをつけなくても良い授業を決めさせるということは,そんなレッテルを学生が貼ることを,大学が公的に認めてしまう,ということになります。
それはやはりおかしい。
そう考えたら,やはり情報保障をつけなくてもよい授業が存在するということ自体に問題があるのだと,改めてわかります。

さて,そうは言っても現状として,全ての授業に情報保障がつけられない大学はたくさんあります。
そんなときに,例えばこう言われたら,どうでしょうか?
ノートテイクがつけられない残りの5コマについて,「研究目的を兼ねて,新しい方法で,字幕を用意する手があるけど,どうかな。うまくいくかどうかはわからないけど。」と。
その分かりやすい1つの例が,音声認識技術です。
手っ取り早い方法で言えば,音声認識ソフトを買って,パソコンにインストールして,マイクを授業担当教員に持ってもらう(細かく言えば,事前にエンロール作業を教員に依頼する必要があるとか,もう一工夫必要ですが)。
条件がある程度整えば,ある程度,授業の話の日本語らしき字幕が表示されます。仮に80%程度の認識精度で字幕が出たら,パッと見た感じでは,「かなり良く字幕になっている」と感じることでしょう。
しかしながら,私自身のこれまでの経験では,90%程度の精度でも,字幕だけ見て意味をつかむのはなかなか難しいです。
だいたいあっているように見えても,肝心の部分が全く意味不明の日本語になってしまう。
残りの10%こそが,重要だったりします。
そして音声認識特有の誤認識は,音声情報なしに字幕だけを見るしかない聴覚障害者にとっては,単なる漢字の誤変換とは比較にならないくらい,独特なわかりにくさがあります。

では,肝心の聴覚障害学生が,その字幕が分かりにくかった時,ちんぷんかんぷんだったとき,ハッキリと「わかりにくいからやめてください」と言えるかどうか。
自分が希望する授業に,とりあえず何らかの情報保障がつけられていてはじめて,その手段と比べて,わかりにくい」と言うことができます。
これには2つの意味があります。
1つは,比較する対象がある,ということ。比較できるからこそ,批判もできます。
もう1つは,批判・否定したとしても,情報保障の手段がなくなるわけではない,ということ。つまり,文字通り,情報を得る権利が「保障」されているということ。
こういう環境でなければ,「やめてください」とは言えません。

すべての授業に情報保障が用意されておらず,用意されていない授業についてあてがわれた「試行的なとりくみ」であった場合,それを断ったら,全く情報保障手段がない中に置かれることになります。
何もない中に放り出されるくらいなら,「必要です」というしかありません。

それに,そのために教員が個人的に努力して,機材を購入して持ち込んで準備して…という状況を見ていますから,「申し訳ない」という思いにもかられます。
それが大がかりであればあるほど,「申し訳ない」レベルがあがります。
「せっかくそこまでやっていただいたのだから…」と思うから,「かえって分かりにくいからやめてください」とは,仮に思っていたとしても,言えません。

頑張ってくれている,けれどもこちらのニーズとズレているボランティアさんに,「迷惑です」とは言いづらいのと,よく似ています。

まずは,手書きのノートテイクでも,それもトレーニングを十分に積んでいない支援者であっても,まずはいいのです(それが「良い」ということではないのですが…)。
とにかく,聴覚障害学生が受講する全ての授業に,何らかの情報保障手段が用意されていること。
この,いわば「量的充足」がなされていなければ,「質的向上」はありえません。
より正確には,量的充足がなされていないことは,質的向上について検討する前提条件ができあがっていない,ということです。
質的検討をする時間や予算があれば,まずはノートテイカー募集に走り回ってほしいと思います。そして,すべての授業のコマにテイカーが入れるだけの,最低限必要な予算措置を講じられるよう,工夫してほしいと思います。

次回は,群大で,まず最初に何を行ったかについて書きたいと思います(もちろん,聴覚障害学生が受講するすべての授業のコマに情報保障を用意しました)。
そしてその次に,どうやって情報保障の質を高めていったかに,話を移していきたいと思います。

2007年6月19日 (火)

木下航志というアーティスト

最近注目している歌手がいます。
木下航志さんという方です。
オフィシャルサイトのプロフィールによれば,彼はなんとまだ,高校2年生。
鹿児島盲学校に在学中とのこと。

昨年の秋,たまたま鹿児島で学会があって出かけた折,鹿児島駅前に特設ステージが
作られ,イベントをやっていました。
何人かの歌手が入れ替わりたちかわり,ステージにあがっては,歌っていく。
そんな中,スタッフの方にひょいと抱え上げられるようにして,キーボードを前にした椅子に,ちょこんと乗せられた少年がいました。
(こういう「介助」の方法がいいのかどうか,ついつい業界人としては気になるところなのですが,それはとりあえずどうでもいいとして…)
正直,ちょっと場違いなくらい,いかにも華奢な男の子でした。
それがホントに,歌い始めてビックリ。
回りを圧倒するような,ハリのある,伸びやかな声で,ソウルフルな歌を熱唱するではありませんか!
スティービーワンダーがまだ少年時代,リトルスティービーと呼ばれていた頃って,
こんな感じだったのかなぁと,勝手に思いをめぐらせながら,その場に立ちつくして聞き惚れてしまいまいた。
学会なんて,どうでもいいや!なんて思ってしまうくらい。(…いや,ちゃんと参加しましたけどね)

その後,3月〜4月頃だったか,ふとテレビを見ていると,CMに出てきているではありませんか!
あの時の少年が。
京成スカイライナーのCM。
夢を追いかけて,外国に旅立っていく,1人の青年として。

そしてほとんど同じ頃,たまたまFM群馬を聞いていたら,いつぞや,鹿児島で聞いた歌声が流れてきて,「おおっ!この声だよ!」と嬉しくなり,再び聞き入ってしまいました。
独特なアレンジの,AmazingGrace!
ゲストとして,トーク番組に出演していたようで,その話の中で,自己紹介などもあったので,改めて頭にインプットして,その日のうちにウェブでオフィシャルサイトなどを確認して,iTuneでアルバムを購入しました。

おしゃべりを聞くと,いかにもまだ17歳の男の子なのですが,歌になると,人が変わったように見事な,魅力的な「歌手」に変わります。そのギャップがまた,面白い。

ぜひ,さらに大きな舞台で活躍してもらいたいなと思って,ひそかに応援しています。

オフィシャルサイトは,こちらです。(リンクの承諾も得ています)
http://www.kishitakohshi.com/

特別支援学校免許(聴覚障害領域)への対応をめぐって

 平成19年度から特別支援教育が本格実施されたこと,免許制度も大きく変わりました。
そして全国の大学は,昨年度,盲・聾・養護学校免許から特別支援学校免許への対応のための課程認定の作業に追われることになりました。
 群馬大学では,今回のタイミングを利用して,聴覚障害領域への対応を実現させることができました。
これまでは養護学校の教員を目指す学生を育てることだけを考えてきたわけですが,これからは,聴覚障害特別支援学校で働く教員を育てることも,私たちの仕事になるわけです。
 なにしろ全国一斉に実施された特別支援学校免許への対応作業の中で行ったことですから,文科省からそのための予算がつくわけでもなく,聴力検査室などの設備もありません。
すべてはこれからです。
 先日は,群馬県立聾学校さんのご協力のもと,学生と教員が聾学校にお邪魔して,学校内にある聴力検査室をお借りして,授業をさせていただくことができました(ありがとうございました!)。

 学生の皆さんに身につけて欲しいことはたくさんあります。
 でも,従来の盲・聾・養護学校免許に比べ,新しい特別支援学校免許の中で,1つの障害領域の専門性を極めるのは,なかなか難しいでしょう。まして群馬大学の場合,まずは知的障害領域の免許を第一に希望して,それに加えて聴覚障害領域にも手を伸ばしたい…というニーズが多いでしょうから,どうしても,「必要最低限,これだけは」という発想で考えざるを得ません。
 聾学校の教員として最低限必要な聴覚活用の知識は身につけておいてほしい。
 でもその一方で,いわゆる日本手話の習得は難しいにしても,少なくとも,聾者とこれから繋がりをもっていけるための,最低限の手話のスキルは身につけておいてほしい。
 聾重複の子どもと関わっていけるための,基本的なコミュニケーションスキルも必要です。
 …どれもこれも十分に身につけていくことは,なかなか,難しいなと,思っています。
 限られた時間の中で,どこまで学生が育ってくれるのか,ともかく精一杯,できることを頑張っていきます。

その後のベランダ

うちに居座っていたハトのヒナは,あっという間に大きくなって,巣立っていきました。

とりあえず,ヒナが巣立つまでは,そっとしておいたのですが,フンも結構大変な
状態になっているので,衛生上の問題もあるので,きれいに掃除しました。
そして,ホームセンターで買ったハトよけグッズを用意して,すっかりもとのきれいな
ベランダに戻りました。

それからもう1週間以上たちますが,ハトはすっかりこなくなったので,それなりに
効果はあった様子。

大きくなったヒナは,その後,どうしているのやら…

平成19年度の担当授業科目

新一年生や専攻科生の特別支援学校免許への対応もあり,
新旧カリキュラムが入り交じっていて,数年はややこしい時期が続きますが…
個人的には,これまでは教育制度を中心に,障害児教育学分野を担当していたのが,
これからは,聴覚障害分野について幅広く担当する形になったので,
今年は大きな節目になりそうです。
来年以降,新カリキュラムの学生の学年があがりますから,
聴覚障害関係の専門の授業の担当が,ますます増えることになるでしょう。

学部
障害児教育の思想
障害児教育演習AI,AII
障害者文化と共生社会(教養)
障害児教育制度概説
障害者福祉論
特別支援教育概説(三)(共同授業)
教育人間科学系原論C(共同授業)

専攻科
聴覚障害児教育概論
聴覚障害指導法概論A コミュニケーション理論
障害福祉学特講
障害児教育制度概論
障害者福祉概論
コミュニケーション支援特講
聾重複障害児の教育概論
聾重複障害児の教育特講

大学院
障害福祉学特論
障害福祉学特論演習B
コミュニケーション支援特論

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